青木ケ原の熔岩流:吐き出し口から墓場まで その1

 貞観6年(864)から2年間、富士山北西面の割れ目から熔岩流が吐き出されて青木ケ原樹海がつくられたという。

 熔岩の量は14億立方メートル――縦横高さが1キロの立方体1杯分――で、30平方キロ――東京ドーム640面――の広域に及んで、水深100メートルのセノウミを埋めて西湖と精進湖に切り離した。

 今回はその樹海ではなく、土台となった熔岩流そのものを、吐き出し口からどこまで流れていったか墓場まで観察しようという企画である。
 出発の前日、9月21日18時の現況天気図では、秋雨前線がどっかと本州の東西に横たわっている。

 

 希望を持たせるのは翌朝、22日06時の予想天気図である。

 寒冷前線が未明に通過して、移動性高気圧が張り出してくる図柄である。日本海を北回りで高気圧が南下するばあい、天気の回復が遅れることもあるが、このように南回りでせり出してくるのは吉兆である。
  22日は4時に起床、新聞を取りに出ると霧雨である。気象庁の地域時系列予報「山梨県東部・富士五湖」を見ると、午前9時ごろまで雨が残りそうである。スバルライン三合目を潜るトンネル内で、青木ケ原熔岩流について1時間ぐらい講義して時間稼ぎすることになるかなと思って家を出た。
  小田急線・横浜線・中央線と乗り継いでいくたびに空が明るくなり、四方津では日が差してきた。富士急線で三つ峠駅を過ぎると青空の下に富士山が半分みえる。

 

  全員ぶじ登山バスに乗り換えてスバルライン三合目で下りたのは我々8人のみ。雲はかかっているが空気は乾いている。精進口登山道の概要・資料説明をして出発。
 初めのうちは溝状に抉れた土の道で、富士山本体ができた1万年前のスコリア(多孔質の小石)である。ところどころ雨水に浸食されて熔岩流が露出しているが、登山道と同じ安定勾配だから歩く邪魔にはならない。ウラジロモミの風倒木が目立つが、きれいに掃除されている。この辺り、笹枯れのあとにはミヤマシキミが進出している。

 

 しだいに笹が増えてきて、二合目・富士林道から下は背丈を超す笹になるが、大きく右に、ほぼ直角に曲がる正面の藪の中に踏み跡が見える。

 ここに踏み込むと直径50メートル・深さ10メートルほどの円形窪地がある。斜面から底には苔にくるまれた巨岩がゴロゴロ、乱雑に折り重なっている。とりあえず氷穴(こおりあな)火口列火口1と名付けておこう。

 

  登山道は火口列からいったん離れるが、左に曲がってふたたび右に大きく湾曲するところで、氷穴火口列火口2を見ることができる。

 

 そして火口2の手前に、直径5メートル・深さ5メートルの火口3がある。ここは周囲がぐるりとオーバーハングになっているので、落っこちると、しかるべき道具がないと救助できない。

 

 私がいつ初めて精進口登山道を登ったか記憶にはないが、ここに変な穴があることは気づいていた。なんとなく単発の噴火口だろうと思っていたのかもしれない。はっきり意識したのは15年ほど前である。富士砂防工事事務所(現・富士砂防事務所)の広報誌『ふじあざみ』(第38号、平成14年10月1日)に青木ケ原のレーザー測量写真が掲載されて、これは単発の噴火口ではなく割れ目噴火の火口列だということが分かったのである。

 


 レーザー測量の原理と分解能についてここでは触れないが、これまでの可視光線の航空写真ではぜったい見えなかった登山道の屈曲もはっきり識別できる。この写真からは火口が20以上数えることができる。火口1、火口2も、ここだと指摘できる

 ここを過ぎると傾斜が緩くなって水平近くなり、間もなく一合目・鳴沢林道に着く。横切っているのは甲斐から駿河に抜ける室町時代以前からの若彦路で、ちょっと左に行くと天神峠、峠を越えると氷池にかかわる富士講の石碑があるが今回は割愛して先を急ぐことにしよう。
 このあと長尾山の裾でふたたび風損木が何本も現れるが、こちらは誰も手入れをしていないので、潜れるところは潜り、ばあいによっては迂回する。

 

 このあとは熔岩流のうえに土盛りした直線路を延々と歩いて、ようやく大室山の登山口に着く。
 大室山は3300年前に噴火した円錐形に近い側火山であるから、1200年前の貞観噴火の熔岩流の海に浮かんだ島のようなものである。しかも大室山は熔岩ではなくスコリアを噴出している。

 

 この写真の手前の砂地むき出し部分が大室山の裾のスコリアで、向こうの苔にくるまれているのが熔岩流である。

 

 熔岩流の上の植生は貧弱だが、スコリアには大森林が発達する。

  本日の予定にはこの大室山登山が含まれていたが時間がない。来年は新緑のころに、大室山単独登山を目的にもう一度来ることにしよう。
  風穴というのは火口ではない。熔岩流がたまって冷え固まるとき、カサブタの下にガスが集まって空洞をつくることがある。パチンと弾けてトンネルの入り口が露出する。大室山のすぐ側にある富士風穴は奥行きが230メートルもあり、一年中氷柱も下がっているが、今回は取り急ぎ入り口広場に下りるだけ。

 

 あたふたと上がってきた時はすでに3時15分。

 昭文社の山と高原地図『富士山』によれば、ここから精進湖湖畔の赤池バス停まで95分かかることになっている。河口湖行きバスが4時54分発であるから、まだ間に合う。急げ!
  我々が赤池バス停に着いたのは4時50分。バスは7分遅れの5時01分に到着。

 バス停手前1キロの辺りで、平服でビニルの500円傘を突いて佇んでいる若い女性がいた。両側には薄暗い青木ケ樹海が続いている。「大丈夫ですか?」「はい」
 バス停の道路際に富士五湖消防本部河口湖消防署上九一色分遣所というのがあって、訓練中の隊員にそのことを伝えたところ、「貴重な情報、ありがとうございました」と挙手の挨拶が返ってきた。あの女性ぶじに帰宅できただろうか。
  バスの窓から見ると、茜色に染まりはじめた富士山が、そんなこと知らんよと顔を出していた。

 

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 ここで国土地理院の地形図について言及しておかねばならないだろう。
 今回の山行は、全行程を国土地理院地形図に記載の登山道を歩いたはずである。氷穴火口列火口に入ったときも、荷物は入り口に置いてルートを外れ、また元の位置に戻って出発している。藪漕ぎの新ルートは通っていない。一方でGarminのGPS受信器は腰に着けて歩いたから、全行程の位置情報は記録されているはずである。
 ところが、地形図上の登山道とGPSデータによる歩行位置が合致しないのである。地形図が正しいとすれば我々は登山道を無視して背丈を超える笹藪のなかを歩いたことになり、GPSデータが正しければ地形図はでたらめということになる。
ちなみに手持ちの1:25000地形図、甲府8号富士山の1「鳴沢」の〔昭和31年発行、地理調査所:旧版〕と〔平成27年発行、国土地理院:新版〕を比較してみよう。

 


 中央を斜めに横切る一合・鳴沢林道から左上は両者ともほぼ一致しているが、右下部分は驚くほど食い違っている。とくに問題にしたいのは精進口登山道の「一合」と「二合」の部分である〔黄色部分〕。一般的に言って発行年が新しいほど正確度は増すはずと考えられるが、今回はGPSデータとは似ても似つかない登山道になっている。

 

 とりあえずは旧版にGPSデータを重ねてみよう。方法は、近所に固定した三角点がないので、地形図の「一合」地点と「二合」地点を基準点として、GPSデータを拡大してその2点に重ねたのである〔赤線〕。

 場所のズレはあるが、登山道の屈曲具合はそれなりに反映されていることがお分かりだろうか。「氷穴」の右斜め下には、点々と小さな火口列も描き込まれている。地形図作成者が現地を歩いた情報に基づいていることがうかがえる。
 ところが新版はのっぺりした登山道となっており、GPSデータとは懸け離れている。現地情報はまったく反映されていない。
 さいごにもう一度、先に触れた『ふじあざみ』の記事に触れておきたい。

 

 ここには可視光線写真とそれに基づいて作成された地形図、レーザーパルスによる立体画像が掲載されている。右下の立体画像に注目していただきたい。
 弓射塚とイガドノ山の位置と形がはっきり分かり、登山道の屈曲もくっきりしている。

 しかも、左上の地形図を見ると、どうやらそれらの情報をしっかり反映した地形図があるらしい。

 近いうちに東京・大手町にある国土地理院関東測量部に行って、1:25000地形図「鳴沢」の全図歴を調べてみることにしよう。