国土地理院地形図製作手法の変遷

「青木ケ原の溶岩流:吐き出し口から墓場まで その1」の最後で、国土地理院地形図に問題があることを述べておいた。

  じっさいに歩いたGPSデータと地形図の登山道が合致しない。と同時に、富士砂防事務所の広報誌『ふじあざみ』にはGPSデータと合致する赤色立体地図と等高線地形図が掲載されていることも指摘しておいた。

「どうやらそれらの情報をしっかり反映した地形図があるらしい」、国土地理院関東測量部に行って「全図歴を調べてみることにしよう」。
 じつはわたしの手許には、「甲府8号富士山の1鳴沢」の1:25000地形図が5種類ある。
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昭和3年測量 昭和6年 (1931)発行 大日本帝国陸地測量部            
昭和3年測量 29年修正測量 航空写真併用 31年(1956)発行 地理調査所
昭和3年測量 46年現地調査改測 48年(1973)発行 国土地理院
昭和3年測量 46年改測 63年修正測量 航空写真使用 平成元年 (1989)発行 国土地理院
平成27年調整 平成27年(2015)発行 国土地理院
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 昭和31年発行版とそれ以降では、精進口登山道一合目から上が大きく改変されており、しかもGPSデータとは似ても似つかない登山道になっている。このこともすでに述べておいた。そこで、わたしのコレクションにはない未知の図版が国土地理院にはあるのではないか。
 10月25日、久しぶりに東京に出る機会があったので、地下鉄東西線は竹橋駅と九段下駅の中間にある国土地理院関東測量部に行った。そこでは大日本帝国陸地測量部、戦後業務を引き継いだ地理調査所、そして今日の国土地理院発行の地図(成果物)をすべて閲覧することができる。
 閲覧者用のディスプレイの前にすわれば、たとえば問題になっている1:25000地形図「鳴沢」の図歴が次のように表示される。
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2.5万地形図 鳴沢 なるさわ
リスト番号 測量年 更新履歴 発行年月日 カラー種別 測地系    用紙
84-8-1-1   1928(昭3)   測図 1931/05/30(昭6)  モノクロ 日本測地系  柾判
84-8-1-2     1928(昭3)   測図   1947/05/30(昭22) モノクロ    日本測地系  柾判
84-8-1-3     1954(昭29)  修正   1956/07/30(昭31)  カラー     日本測地系  柾判
84-8-1-4     1971(昭46)  改測   1973/03/30(昭48)  カラー     日本測地系  柾判
84-8-1-5     1977(昭52)  修正   1978/09/30(昭53)  カラー     日本測地系  柾判
84-8-1-6     1954(昭29)  修正   1956/11/30(昭31) モノクロ    日本測地系  柾判
84-8-1-7     1988(昭63)  修正   1989/11/01(平1)   カラー     日本測地系  柾判
84-8-1-7B    1988(昭63)  修正   1989/11/01(平1)   カラー     日本測地系  柾判
84-8-1-7C    1988(昭63)  修正   1989/11/01(平1)   カラー     世界測地系  柾判
84-8-1-8     2006(平18)  更新   2006/11/01(平18)  カラー     世界測地系  柾判
84-8-1-8B    2006(平18)  更新   2006/11/01(平18)  カラー     世界測地系  柾判
84-8-1-9     2015(平27)  調製   2015/05/01(平27)  カラー     世界測地系  柾判 〔項目の一部は省略〕
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 これだけならネットを通じて呼び出すことはできるが、こへ行けば地図1枚1枚をディスプレイに呼び出して、地図の中身を読むことができるようなっている。
  結論はあっという間に出る。
 砂防事務所広報誌に掲載されている「図3 航空写真測量による地形図」に符合する地形図はここには存在しない。
 もっともこの図歴は、あくまでも国土地理院に現存するものを電子化したものであって、経年の成果物発行記録に基づいて整備されたコレクションではない。こちらには欠落しているが、砂防事務所がたまたま所有している版があるかもしれない。

 顔見知りの職員に話しかけてみると、話はもっと単純である。
「近くに三角点も少ないし、森林のなかの登山道なんてとてもじゃないが、正確さは保証できません。砂防事務所でつくった地図ではないでしょうか」
 11月22日、富士宮市は万野風穴を見にいく機会があったので、帰りに富士砂防事務所に寄った。

「ちょっと古い話になるんですが、『ふじあざみ』38号にこのような地図が載っています」

『ふじあざみ』38号

「この図3に該当する地形図は、国土地理院に残っている図歴をぜんぶ調べたのですが、見つかりませんでした。ひょっとしてこちら、砂防事務所に原図があるのではないでしょうか」
「平成14年ですか? 毎年膨大な書類がたまっていまして、われわれだいたい3年で異動しますし人員もどんどん削られています。探し出すのはほとんど不可能だと思います。ただ、これはあくまでも推測ですが、この赤色立体地図の納入業者が『図5 レーザープロフィラによる等高線図』を基にしてつくってくれた可能性があります」
  これで『ふじあざみ』掲載地図のルーツ探しはおしまい。

 

 せっかくだから航空写真の分解能についてわたしの経験をご披露しておこう。
 場所は富士山の青木ケ原とは反対側、水ケ塚駐車場から幕岩にかけての一帯である。

 もう十数年昔、幹周り3メートル以上の巨樹がどれだけ残っているか調べるために毎月のように通ったことがある。

 あそこに大きな木が見える! となれば、登山道や営林署の作業道にかまってはいられない、背丈を超える熊笹の弱点を見つけて、根元まで突進するのである。
 幸い調査メンバーに民間の地図会社の人がいて、8000メートル上空から撮った写真を1:5000にプリントして提供していただいた。
  まずは水ケ塚近辺の航空写真と地形図を見比べていただきたい。

航空写真 水ケ塚付近地形図 水ケ塚付近

 富士山スカイラインやエバーグリーンラインは当然判別できるとして、地形図に描かれている須山口登山歩道に注目していただきたい。

 お! 航空写真でも見えているではないか。

 しかしでは、須山口下山歩道は見えるだろうか。また写真をじっと見つめていると登山歩道と交差する同じような筋が何本も見えてくるが、これらは登山道ではないとどうして否定できるのだろうか。
 次にこの写真に隣接する右上、幕岩付近の航空写真と地形図を見比べていただきたい。

航空写真 幕岩付近地形図 幕岩付近

 舗装された道路も三角点もないので位置合わせがむずかしいが、さいわい砂沢(ずなさわ)がきっちり符合していてくれる。

 では、この写真から須山口下山歩道を見つけだして地形図上に描きこむことができるだろうか。
 今日では国土地理院の地形図は撮影位置をずらした立体写真を使って描いているそうである。三角点や独立標高点を基準にすれば等高線はそれなりに描けるだろう。しかし森林の樹冠に隠された登山道を読み取ることは、まず不可能ではないか。
 数年前に富士市で、富士山は村山口登山道の歴史について講演したことがある。明治20年代の大日本帝国参謀本部の正式図から始まって、今日の国土地理院地形図までをずらりと並べて、説明した。
 限られた三角点と独立標高点を基に等高線を引き、航空写真もないまま描かれてきた登山道は必ずしも正確ではない。GPSデータと比べてみると、どの部分をどういうふうに位置合わせさせればいいのか、戸惑うことも多い。

 しかしじっさいにこの地図を見ながら歩いてみると“独特の味”がある。描画した技官の創造性には感心すると述べたことがある。

 もちろん国土地理院としても、そういった批判・指摘に安閑としているわけではないようだ。昨年末、「登山者のGPSデータ、地形図修正に活用」という新聞記事が載った。
《国土地理院(茨城県つくば市)は、地形図に記載した登山道の修正を迅速に進めるため、ハイカーが登山情報サイトに寄せたデータを活用する。このほどサイトの運営会社2社と協力協定を結んだ。「穂高岳」などの人気の山から修正作業を始め、来年度中に主な登山道を修正する。》(朝日新聞デジタル>2017年12月25日16時30分)
 感心したのは、その発想法である。
《地理院の村上広史院長は「一人ひとりの登山経路には誤差があっても、数百人分を集めれば正確になる」と話す。》(同前)
 かつて地形図は精密な三角測量を積み上げて職人芸で描かれてきた。その後、立体航空写真を利用する半自動のアナログ手法に置き換えられ、そして今日では統計学手法も加味されることになったのである。
 わたしも先日、国土地理院関東測量部を退院するとき、精進口登山道のGPSデータを提出しておいたが、数の問題がある。もっともっと多くの登山者に歩いてもらってデータを集積しないことには、なかなか改善は実現しないだろう。