台風12号の置き土産

  7月28日夜から29日にかけて、台風12号が駿河湾沖を西に進んだ。


  富士山頂で安全指導員を務めていた富士宮市の西方義典さん(71歳)は、台風最接近の前に下山しようと判断したのであろうが、それでも途中で強風のために身動きできなくなり、低体温症で亡くなった。
   翌30日夜、静岡県立図書館から帰宅途中の列車のなかで富士宮口新六合目の宝永山荘から電話をもらった。沼津始発18:08上野東京ライン宇都宮行きのこの列車は熱海で5分、小田原で5分と途中停車が長いので、停車ごとに電話を繋いでかなり込み入った話ができる。
 電話口には宿泊客、静岡の田中裕二さんに出てもらった。きょう村山古道を登ってきて酷い目に遭ったという田中さんの話によると、台風による新しい倒木が酷くてとても歩けない状態になっている、自分は7月14日に登って2回目の登山だからなんとか突破できたが、初めての人にはぜったい無理である。
  4日の村山古道ゆったりツアーは不人気のため中止させてもらったが、11日のツアーと20日の富士山峯入り修行に重大な支障が生じるかもしれない(山樂カレッジの行事案内参照)。さっそく実情を調べなくてはなるまい、少々のことなら手直ししながら下ってみることにした。
 8月1日、始発電車を乗り継いで、富士宮駅前8時10分発の富士山五合目行きバスに乗ると9時30分に五合目着、10時には宝永山荘に到着しここが出発点になる。
 初めザレ場にはカラマツの枝葉がやたらに散らばっている。広葉樹は葉っぱを落として小枝を護るが、針葉樹は弱い葉を枝ごと落として本体を護る。台風の風の強さを物語っているようだ。
 下の宝永遊歩道からはシラビソの小枝が散らかるようになる。
 ときに幹が根こそぎ倒れて道を塞ぐ。


 このばあい、登山道幅の右端を鋸で切ってしまう。切り口が鋸の刃を挟んで締め付けないよう、幹を左手で持ち上げる。左手を引っ込めると幹本体が地面に落ちて歩けるようになる。
 生のシラビソは豆腐のように軟らかいから、ほんの2分とかからない。
 シラビソの大木が倒れて登山道を塞いでいる。


 登山道は倒木の左から右下へと曲がっている。登山道幅の左端を切り落とすためには左手で鋸を引かなくてはならない。しかも重い複雑な枝先が絡んでいるので、もう1〜2カ所鋸を入れる必要があるかも知れない。
 この際、カラマツの大木のほうに伸びた梢を3カ所切れば向こうに下ることができる。中央の主幹を別にすれば、残りの小枝は鋸の右引き1回ずつでおわる。小枝の折れ具合から推測すると、あの田中さんもここを押し通っている。
 ナナカマドの大木が倒れて側枝が下向きに6本、櫛の歯のように登山道を塞いでいるところがある。これは枝の根元に鉈を1回ずつ打ち込めば真っ平ら、横たわった幹の下を楽々通過できるようになる。
 一ノ木戸近くまで下がってくるとシラビソの大木が道連れといっしょに倒れている。あの田中さんは道具(鉈や鋸)は持っていないはずだ。どこを通ったのだろう。


 ここでは右手にある丸太は跨いでもらうことにして残し、それ以外の小枝はぜんば鉈で払うと、右に回り込む踏み跡が現れてくる。
 一ノ木戸のすぐ下の風損がいちばん酷かった。


 数本のシラビソが集団自殺したような状態で、1本ごとの木の絡み具合などはよく分からない。

 田中さんは鶴のように長い脚をもっているか、そうでなければ蛇のように匍匐前進ができる人なのかもしれない。

 ともかく登山道の筋道を見極めて、そこにはみ出している小枝大枝・幹はぜんぶ鋸と鉈で切り落として道筋がみえるようにしておいた。

 

 今回の台風12号の置きみやげによって、ここを登ってくる登山者は、初期の村山古道を登ったときのようなワイルドな気分が味わえるのではないだろうか。
 標高2000メートル、横渡にもアサギマダラが吸蜜していたが、1650メートルの高鉢駐車場には20〜30頭のアサギマダラが乱舞していた。

コメント