足利アルプス、歴史と自然の残る岩稜ハイキング

 足利アルプスというのがどこからどこまでか、使っている人によってまちまちではっきりしない。

 環境省が整備した関東ふれあいの道のうち、足利市周辺の縦走路を指すらしく、全コース歩くとなると1日や2日では済まないかもしれない。

 今回、2018年12月16日(日)は、そのなかで一般向きコース「歴史のまちを望むみち」を歩いた。北は行道山浄因寺から織姫神社までの9キロの尾根道である。

「歴史のまち」とは足利学校や鑁阿寺(ばんなじ)など史蹟の残る足利市のことであるが、市街地の西を南下する稜線もまたなかなか歴史の山であった。

 


 

 当初はJR両毛線足利駅前からタクシーで登山口まで入るつもりであったが、バス便があるという。

 足利市の生活路線バスで、運行は足利中央観光バスに委託されている。「行道山行き」は1日に3本だが、休日には9:20発の増便があるから、登山客の便を考えているのであろう。バスが来た来た! 


 20人も並んだら積み残しが出るだろう。
  ミニバスは足利市内の住宅地をくねくねと舐めるように回って、9:40には終点に着く。途中で老婦人登山者が1人乗車したから、行道山は市民ハイキングコースになっているようだ。
 アスファルト道を登りはじめると間もなく左に見上げるような石塔が立っている。


「観世音菩薩尊像 三萬三千體安置 行道山」
 嘘800とか1000本松原とか誇張数字はよく使われるが、33000体とは気宇壮大である、ぜひとも拝観したいものである。
 40分も上るとアスファルト道は終わって駐車場。左に蜜柑畑にあるような参拝客用のモノレールがあって故障中らしい、右側から石段が始まる。
  石段の両側は観世音の石像群、ざっと300体はあるらしい。


「昭和九年五月二十日建之 足利市緑町一丁目 為道心妙覚大姉」とあるのは墓標のようにも思えるが、「昭和四年九月二十三日 東京元大蔵大臣・市長 市来乙彦」は墓ではない。市来の死亡は昭和29年2月19日である。
  間もなく浄因寺に着く。迎えてくれるのは猫たち、無住のようだが荒れ果てた感じはない。ネット情報によると、何年かまえに住職がなくなり、4匹の猫はいったん里に引き取られたが、山中に逃げ帰って住み着いているらしい。ニャアオと近寄ってくるのを見ると腹を空かしているようだ。
  目を引くのは大きな岩塊のうえに引っかけたように建てられている茶室・清心亭。黄葉が映える。


 葛飾北斎が『足利行道山くものかけはし』として作品を残していることは初めて知った。


《行道山浄因寺  断崖絶壁に囲まれた山中にあり、「関東の高野山」とも呼ばれるこの寺は、和銅7年行基上人の開創と伝えられる名刹です。断崖の上に清心亭が建つ風景は南画さながらの景勝の地としては昭和50年、県の名勝第1号に指定されています。》(https://www.ashikaga-kankou.jp/spot/jouinji
  困ったのは、この長い歴史と規模を持つこのお寺の歴史が、これ以上はまったく分からないことである。尋ねようにも人影なく、栃木県内図書館横断検索からも何も引っ掛からない。「三萬三千體」の実態はともかく、せめて石段両側に並んでいた観音像の由来ぐらいは知りたいものだ。
 
 まだしばらく急坂は続いて、歴代住職の墓地を抜けて鞍部に上がると展望台となり、てっぺんに寝釈迦がある。


 1メートルほどの石像の周りを数十体の石仏が囲んで釈迦の入寂を悼んでいる。涅槃図や室内の涅槃像は各所で拝観できるが、このように山頂の石像群は初めてである。
 浄因寺のちょっと上までは石仏の首が飛ばされて廃仏毀釈の痕がうかがわれたが、ここまで破壊の手は及ばなかったようである。
 ここからは岩稜のハイキングになる。岩はゴツゴツ露出しているが、おおむね踏み跡は、つろいで登山者の話題はもっぱらカモシカを見たとか見なかったとか。
 小さなピークの登り下りを繰り返し、大岩山のピークを越えて急坂を下るとやがて大屋根が見えてくる。毘沙門天最勝寺である。 

《大岩の毘沙門天は、奈良信貴山、京都鞍馬山とともに、日本三体霊仏の一つで、聖徳太子御作と伝えられ閻浮檀金の仏像である。平城京、西国、東国と各々に位置し、鎮護国家祈祷霊場として安置された。行基菩薩は、聖武天皇の詔を奉じ、天平十七年(七四五年)この地に祀り、本堂、経堂、釈迦堂等や十二坊を建立し、帝より多門院最勝寺の称号を賜った。》(足利市観光協会の看板) 
 同じ観光協会が、同じ行基開創の寺を説明するのに、浄因時と最勝寺ではなぜこんなに温度差があるのか。
 最勝寺ご本尊の拝観はかなわなかったが、残りの紅葉を楽しみながら鐘楼に昇ると、一撞き100円。余韻がなかなかの鐘の声であった。


 ルートはここからさらに南下。夕暮れ迫るなかを、いくつもの小ピークを上り下りしながら両崖山を越え、織姫神社に向かって下っていく。途中、仙人のような杖を突いたお爺さんとか、ごく軽装でスニーカーの若者が登ってくるのに出会う。地元では、毎日登山のコースになっているのかもしれない。


  最後のチェック・ポイントは織姫神社。社務所前のご神木は樹冠を真ん丸に剪定されていて、薄暗いので樹種がよく分からない。


 蕎麦屋の親父さんに訊いたところクスノキだと断言するが、どうにも腑に落ちない。帰宅して調べてみたらスダジイ(ブナ科シイ属)である。

 ここではマルコメ君にされているが、浄因寺のすぐ上には、野生のままに伸び伸びと大枝を広げた巨樹があった。
 全山が岩山でありながら、いやいや古くから信仰の残る岩山だからこそというべきであろう、自然の植生が保存されている歴史の山であった。何種類ものツツジ咲き乱れる花のコースでもある。全山新緑のころ再訪すれば、足元の草の花も盛りだくさんなハイキングを楽しむことができそうだ。

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