2019年5月、村山古道の現況

  4月29日に西臼塚駐車場から村山まで、会津若松から見えたI氏とともに歩き〔ヤマレコ「村山古道を下る(富士山麓・畠堀氏と西臼塚〜村山浅間神社)」参照〕、5月12日には新六合から西臼塚まで土屋四郎氏といっしょに下ったので、村山古道の現況を報告しておきたい。

 富士宮口新五合目から上の夏道は、所々地面が顔を出しているがおおむねザラメ雪に覆われていた。


 宝永山荘の東、日沢(にっさわ)の源頭部(標高2500メートル)も雪に覆われていた。これでも例年に比べて積雪が少なく、今年も雪崩は発生しなかったようだ。


 次の写真は去年5月4日の同じ場所。春先の大雨で土石流が発生して大きく浸食されたが、今年はこれからどうなるだろうか。


  さて村山古道を下ろう。
 ザレ場も、所々地面が露出している所もあるがほぼ全面雪に覆われており、夏道通りには下れなかった。


 宝永遊歩道(標高1350メートル)から下の樹林帯もおおむね雪に覆われていたが、登山路分の吹き溜まりが強調されているようにジグザグの形が見えるので、踏み外れることはなかった。雨のため形は崩れているが、1週間前かそこら、ここを登った登山者の足跡が残っていた。
 下るにつれて雪が腐り、膝上まで踏み抜く回数が増えた。また融雪が夜間は氷結するために、小さいながらアイスバーンが形成されるようになった。地下足袋ではキックステップが利かないので難渋する。
 標高2150メートル、一ノ木戸跡で昼食を摂っていたら、重装備の若者が1人登ってきた。新六合辺りでテントを張るという。 
 去年夏に切り残していたシラビソの倒木は土屋氏が昨秋10月に処理してくれていた。


 標高2000メートルの横渡は、去年に比べて河床が下がり、崖面がさらに後退していた。上が今年の5月12日の写真。下は昨年4月7日に市川和秀氏によって撮影されたものである。
 足場を踏み固めたりすると傷口がさらに広がるだけなので、しばらく浸食の方向を見守って形が落ち着くのを待つほかなかろう。
 これから下のお花畑では、ところどころ登山道を雨水が流れはじめて、路面が抉れて浮石がふえてきた。幸い登山道は丘陵の凸部を通っているので、左右に水を逃がす水切りを造れば、浸食を食い止めることができるだろう。
 岩屋不動に向かう枝道では、何本もの大木が谷側(南東方向)に向けて薙ぎ倒されている。土屋氏が刻んでくれているものもあるが、多くは跨ぐか潜るか迂回することになる。


 今回の巡回でいちばん驚いたのは岩屋不動の惨状だ。


 洞窟の前に下る急斜面全体が、木立を抱えたままずれ落ちはじめている。谷側で支えている熔岩の塊は踏んでもびくともしないが、斜面全体が動きはじめたとき受け止めることができるかどうか判断のしようがない。
 それに岩屋不動を組み立てている岩組みが緩んでいるようにも見える。5センチほどの破片が指でつまむと音もなく抜ける。〔https://youtu.be/VtCZ3YS5VwM
  訓練を受けた人が1人2人なら下りることもできるだろうが、何人もの人間が団子になって洞窟の前に並んでいて、地震でも起きればとんでもないことにことになる。少なくとも数年間は、遠巻きにして、自然の成り行きを眺めるほかないであろう。
  小倒木帯の急坂の浸食は止めようがない。登山道部分が緩く凹んでいる谷底なので、雨水を左右に振り分けることができない。せめて落ち口に、左右に流すしっかりした水切りを設置し、途中には地形を見ながら随所にダム式の水切りを造って、登山者は迂回路を歩いてもらうほかなかろう。
 途中に枝付きの樅の大木が、幹の3メートルほど上が折れて落ち、縦に登山路を塞いでいる。最近のことらしい。


 これは下側の枝が地面に突き刺さっているので、押しても引いてもびくともしない。チェンソーで枝をぜんぶ切り落とし、そのあとで主幹を短く切り刻むほかに除去の方法はない。チェンソーボランティアが現れるまでは、迂回路を通過することにしよう。
 標高1600メートルのスカイライン縦道、1350メートルのスカイライン横道の間の登山道は安定している。1カ所、数年前からミズナラの大枝が登山道の真ん中に突き刺さっているが、もはや危険性はなくなりあと数年で朽ち果てるだろう。
 スカイライン横道の側溝から村山古道・不動沢熔岩流のうえに流れ込んでいた土砂は、ストップがかかっているようで、六観音遺跡も危機を脱したと考えてよかろう。
 この下、日沢の徒渉点までの登山路は浮き石もすくなくなってきて、安定している。
 八大竜王と水神は、去年村山の人たちが右上に移してくれて安泰である。
 昨年まで、日沢が左岸を破って井戸跡に流れ込む危険性のあった個所は、蛇籠の裏側に水流が流れ込んだ挙句、蛇籠と岸の間が崩れて埋まってしまいかえって安定してきた。そのかわり奔流が直撃する下流の小山は、いずれ流されるであろう。
 中宮八幡堂から八大竜王に下るルートは、トラロープを張った場所は下部が削られてオーバーハング気味になってきたので、村山の人たちが上回りで直接八大竜王に向かう道を造ってくれた。そのほか、日沢の徒渉点から河床を登っていけば、階段のような滝を2つ越えて簡単にアプローチできる。ただし左岸の削られたオーバーハングした熔岩流の下には入らないようしてほしい。
 中宮八幡堂から下の登山道には土砂の流入が激しくなっているようだ。かつて見渡す限り地面を覆っていた、背丈を超える熊笹がぜんぶ枯れてしまった。笹の保水力が影響しているかもしれない。
 大淵林道との中間にある土嚢ダムは1年で満杯になってしまう。土砂が流れ込む場所を特定して阻止できなければ、あと1〜2カ所土嚢ダムを造ったほうがいいだろう。
 大淵林道から下も、ゆるくて幅広い谷の中心部を村山古道が通っているので大量の雨水が集まる。馬頭観世音までは倒木が何カ所か登山道をふさぐていどだが、馬頭から下の凹みには大量の土砂が流れ込んでいて、左からの合流点の下流は深いV字に抉られている。
 V字の底を歩くことは可能だが、ばあいによっては丸太を組んでダムを造って土石流を塞いでしまう。そして右岸高みの林床に、富士山麓山の村までつづく巻き道を造ったほうが早いかもしれない。
 富士山麓山の村から下、去年は切れていたどん詰まりのトラロープは無事で、ここから下部の路面は天照教まで安定している。
 天照教本社のすぐ下の水切りは、バイクが往復して破損しているが、土砂が大量にたまっているのですぐに直せる。対バイク地雷のようなものはないだろうか。


 その下で、村山古道から右に作業道が分かれる。数年前の間伐作業のとき造られたものだ。その作業道はまっすぐ下り坂にならないで、いったん下ってすぐ上り坂になるので、当初は雨が降ると池になった。ところが池の岸から2本の鹿道がすぐ下の登山道へとつながっており、ここに大量の雨水が流れ込むようになった。そのため登山路には浮石が大量に転がるようになり、歩きにくいことおびただしい。ここは作業道の路肩近くを掘り下げて多数の土嚢を並べるほかあるまい。
 その下に村山古道を横切っている古い作業道が2本あり、2本とも4輪駆動車が走り回っている。しかしそこではうまい具合に轍が轍を呼んで水路が深くなり、登山路に影響はない。
 札打場と北井久保林道のあいだに、村山古道をブル道が横切っている場所がある。


 まっすぐブル道を流れ下ってきた大量の雨水が左の登山路に流れ込んでいたので、左側に土嚢を2列に積み上げて土手を築き、ブル道の中央に水路を掘り下げて雨水を手前下に逃がすようにしておいた。ところが昨秋の大雨で水路が杉枝や流木で塞がれ、左の土手が決壊してしまった。ここは土手をもっと頑丈に造りなおし、水路をもっと広く深くするほかあるまい。
 このあと、かつての登山道が大雨のたびに抉られて歩けなくなり、入り口も出口もオーバーハングになった所は更に浸食が進んで、ラミネートの注意書きがなくなっていた。中間の徒渉点は熔岩流の露頭なのでぶじである。
 これから下は路面は安定してきており、以前にもまして歩きやすくなってきた。
  村山古道はほぼ全域、冬になれば地面が凍結するか、霜柱は2重3重に立ち、春になれば解ける。解けると土壁が崩れ、浮石が埋まってくる。
 浮き石は周りから落ちてくるものではない。雨水がなだれ込めば土が流されて石や礫が浮き上がってくる。熔岩層に達するまでこれはつづく。だから雨水の流入を防ぐだけで路面が良くなっていく。
 ここ数年、標高1000メートルを横切る天照教林道から下の民有林で間伐・枝打ちが大規模におこなわれた。タイヤやキャタピラの轍を伝わって、大量の雨水が村山古道に流れ込むようになった。これはほぼ土嚢で塞いだので、これから林床に草や灌木が育ってくれば安心である。村山古道を歩きはじめて十数年、スカイライン横道から下でようやくその成果が実りはじめたと言っていい。
 さいごに、六辻すぐ上の崩れ。去年1トンの岩がおちて山側からの崩落は落ち着いてきたが、今回谷側の壁から人頭大の落石が3個見つかった。これから草が茂ると危険な状況になるかもしれない。昨年迂回路は解消したが、また復活させる必要が 出てくるかもしれない。
 さて今年の補修はどこから手を着けましょうかね。

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