村山古道補修1 麻の土嚢袋を導入

  5月19日付のブログ「2019年5月、村山古道の現況」で、このオフシーズンの特徴として、強風による倒木は比較的に少なかったが、雨水による路面の荒れ方が目立ったことを報告した。
 ことしもまた補修作業にはいるとして、ほかの場所は時間が空いた時にちょいと出掛ければ済むが、天照教本社から北井久保林道のあいだは、補修にかなりの労力が必要だろうと思われた。幸い6月16日(日)、強力な助っ人2人の日程が空くというので、「少々の雨でも」決行しようということになった。
 はいえ天気は気になる。15日は朝からしょぼしょぼ雨が降って気温も下がり、山樂カレッジで予定していた三ツ峠山アツモリソウ観察は中止、夜になると風神・雷神は大暴れ。ただし夜半には雨の音もしなくなり、寒冷前線はスピードを上げて通過したようだ。
 朝になっても風は強く丹沢には大きな雲が引っ掛っていたが、東名を走っているうちに青空が広がり、東富士演習場から見る富士山は、先週積もった雪もすっかり消えていた。


 天照教林道では各所に越流した名残の土砂がたまり、路面は濡れたままであったが、日が差し込むと湯気が立ち始めた。


 天照教本社すぐ下の水切りは、手前右手の大斜面から、天照教林道を越流した大量の水と土砂が流れ込んで水路は満杯になっていた。


  ここは水路部分を掘り起こして土嚢を7俵造り、破れた土嚢の上に積み並べて、それでおしまい。


 ご覧のように今回初めて麻の土嚢袋を使った。われわれとしてはG20サミットにちなんで、廃プラ問題解決の一助としてPP袋から麻袋に切り替えた、と言い切るのは嘘である。
 PP袋は余りにもろい。直射日光に当たればすぐぼろぼろになるし、登山靴で踏まれると一発で穴が開く。一般登山者は土嚢を踏まないで歩いてくれるのに、リーダーやガイド諸君は高いところへ乗りたがる傾向があるようで、これをやめさせることもできない。
 楽天市場で調べてみると、名古屋にある「めばえや」から480×620ミリサイズの麻袋を売り出しており、100枚を10980円也で入手できる。消費税・送料込みである。PP袋に比べると4倍近い値段だが、われわれは何万枚と使うわけではない。よし、採用することにしよう。

 

 作業は続いてすぐその下の、雨が降ると池になる作業道。
 路肩部分に土嚢を水平に並べようというのだが、われわれのやり方は大雑把なもので、水準の取り方も目測で、ここら辺からそこまで、歩いてみるだけ。
 初め線引きもかねて鶴橋を打ち込んではみたが、礫の混じらない土砂だから張り合いがない。剣先スコップで簡単にすくい取って土嚢袋に詰め込んでいけばいい。
 まずはいちばん奥に土嚢19俵。左奥が緩い傾斜ながら逆扇形に広がっている。


 その手前に土嚢16俵。草の間に鹿道があって、そこから登山道に雨水が流れ込む。


 最後は登山道にかかる部分。さっきまで降っていた雨がたまって池になっているが、向こう半分から越流して大量の水が登山道に流れ込んだようだ。


 登山道部分には麻袋を並べて、ここが通り道ですよと強調するため、両脇に黒袋を2俵ずつ置いて向こうは白袋。
  この麻袋2枚を除いてここでは14枚の土嚢袋をつかったが、すべて昨シーズンまでの残りで済ませた。

 

 さて本日の大物は、天照教から標高差200メートルほど下った北井久保林道から札打場に向かう中間、間伐のためのブルドーザーの轍が村山古道を横切っている場所である。
 登山道を登っていくと路面の抉られ方が4月29日の印象とはかなり違う。


 この写真の左下から左上へと登山道が通っているのだが、昨夜の豪雨は幅50センチ×深さ20センチの傷跡を新たにつくって右下に向かったようだ。ガタガタで歩きにくいことおびただしい。
 現場に着いた。  


 これは6月19日ではなく4月29日の写真。登山道から上側、直角に横切るブル道を写したものである。
 もともとは草の生えている高さにブル道は造成されたのであるが、山奥から集まってくる雨水がブル道の右側を抉り下げ、白く見える土嚢のところにごみがたまってダムになったので、左に反転して堤防を決壊させたことが分かる。ブル道は右手前に下っている。
 2013年1月1日のわたしの日記に次の記録がある。
《10:30〜12:30北井久保林道と札打場のあいだのブル道改修、土嚢15個は簡単だが幅50センチ×深さ50センチの排水路を登山路を横切って10メートル掘るのが大事業、》

 土嚢15個(俵)というのは、すでに決壊していた場所に土嚢を3段に積み重ねて堤防を造り、ブル道中央部に水路を掘って、登山道の下の急坂まで雨水を流すように工夫した。
  6年近くよくぞ持ちこたえてくれたものだが、まさにその土嚢堤防の上流が破られたのである。
  作業はまず水路を塞いでいる丸太などを取り除くことから始まる。

 次に水路にたまった土砂で土嚢をつくるはずだが、これが簡単ではない。砂だけでなく、拳大から人頭大の石がぎっしり詰まっているので、剣先スコップが立たない。
 そこで埋まった水路部分に鶴嘴のクチバシをくまなく打ち込む。ガチッと反応があれば大きな石があるので、これは堤防の決壊部分に投げ込んで土台にする。そのあとで土嚢づくりになる。土嚢は18俵、決壊場所に2段重ねで並べ、土嚢の水路側に丸太を2列に並べて隙間に小石を詰めて補強しておく。


 さらに埋まっている水路跡は20メートルもあるので、幅50センチ×深さ20センチに掘り下げていく。下流のほうは岩礫が少なくなるので、鶴嘴も平刃を打ち込んでペースを上げる。


 雨水は土砂を押し流してくれるのではない、水流が緩んだところにため込んでしまうものである。水路掃除をしなければ水切りは維持できないものである。
 最後に、登山道が水路を跨いでいる谷側の堤防に麻の土嚢を置く。これは防水と足場兼用である。この1枚を除いて、ここで使った土嚢袋はぜんぶこれまでの残りのPP袋である。
 2013年正月の作業は富士宮のI氏の協力で2時間かかり、今回は3人がかりで1時間40分で終わった。

 さあ腹がヘッタ。村山まで下ってドロドロの手を洗って、昼食にしよう。

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