村山古道補修2 あえなく挫折

 先週に続いて6月22日(土)も村山古道に入った。

 目標はスカイライン横道、標高1350メートルから標高500メートルの村山まで下って、登山道に被さるように伸びてきた草木の掃除、とりわけ旺盛な繁殖力をみせるガクアジアイの枝払いが中心になるはずであった。

 そのほか土嚢の補修とか傷んだ案内プレートの付け替えなどの準備もしていった。
 西臼塚駐車場でバスを降りると、雨に濡れたサンショウバラの花が盛りを過ぎていた。例年より1週間ぐらい花期が早いような気がする。


 そのほかの春の花はすっかり終わったようで、フタリシズカの小さな花くらいしか目につかない。
 村山古道に入ったところは、不動沢熔岩流が尾根状に地表を流れた場所なので、大きな水流は発生しない。
 ただしスカイラインを村山古道が横切る20メートル上側(東側)に、スカイライン側溝を流れる雨水の落とし口がある。

 そこから大量の土砂が熔岩流の上に流れ込んでコケの絨毯に達し、さらに六観音跡まで埋める危険性が出てきたので、17年7月に、土嚢を積んでスカイラインから吐き出す水流の向きを変えておいた。それが功を奏したのか、土砂の流出は進んでいないようである。
 それでも近年の異常気象のせいか、登山道にはかなりの雨水が流れ込むようだ。
 次の写真のずっと向こうまで転がっている熔岩塊は、周辺から登山道に落ちてきたものではない。雨水が路面を削って浮き出たものである。 


 ここには、雨水を右に流し落とす水切りを造っておいたが、埋まったので用をなさなくなっている。水路を掘り出して下流側の土手に積んで、ハイ5分。


 こういう水切りの補修を5か所、11:15には中宮八幡堂に着いた。

 行程は順調であるが、雨がポツリポツリ降りはじめたので傘をさす。
 ここからしばらく、大淵林道までは土の登山道で歩きやすいゆるい下りである。であったというべきか、いまや路面が雨水で掘り下げられて、快適とはいえなくなっている。
  5月19日に上梓した「2019年5月、村山古道の現況」には次のように書いておいた。
《中宮八幡堂から下の登山道には土砂の流入が激しくなっているようだ。かつて見渡す限り地面を覆っていた、背丈を超える熊笹がぜんぶ枯れてしまった。笹の保水力が影響しているかもしれない。
 大淵林道との中間にある土嚢ダムは1年で満杯になってしまう。土砂が流れ込む場所を特定して阻止できなければ、あと1〜2カ所土嚢ダムを造ったほうがいいだろう。》

 登山道の荒れ方をいま改めて考えてみると、笹枯れが主原因ではなく、村山古道の右側(西側)斜面の間伐の影響が決定的のようである。
 そこは30年モノの檜の植林地で、これまで一度も枝打ちされたことがなく、鬱蒼としていた。

 それがこの1〜2年の間に、間伐が進められてきたので、明るくなったのはいいのだが、林床には裸地が広がることになった。そこから大量の雨水と土砂が村山古道に流れ込むようになったのである。
 しかも1〜2か所の特定の場所から流れ込むのではない。
 村山古道のこの部分の西側全域が東向きの緩い斜面になっており、どこからでもお構いなく流れ込むようになっているようだ。
 中間に造っておいた土嚢ダムに着いた。


 ダムは完全に埋まり、越流した雨水と土砂が自由気儘に、ダムサイトの下流まで掘り下げはじめているようだ。
 次の写真は2017年の5月28日の同じ場所である。


 これはいかんと、応急処置として土嚢を5俵積んでおいた。


 それが2年後には、先の写真のようにまったく無力化していたのである。
 おりから雨脚が強まってきたので、どうしようか。
 ともかく土嚢袋が何枚かザックにあるはずだと、びしょ濡れになりながら土嚢を11俵積んだ。


 これまでは中央部に登山者用通路を開けておいたが、雨水の通路にもなるので今回は封鎖。この写真は下から見たもので、上に載せてある枯れ木はここを踏むなという意思表示である。
 さて予定外の時間を費やしてしまった、急がねば。雲行きはどうだろうとスマホを見ると、「圏外です」。
 村山古道の、天照教林道と中宮八幡堂の間は、ちょっと傾斜が緩んでいるので、地上からの電波が届きにくい死角である。気象状況はつかめない。

 ここから屋根のある場所というと富士山麓山の村か西臼塚駐車場ということになる。
 というわけでこの日は西臼塚駐車場の東屋で遅い昼食を摂ることになり、村山まで掃除しながら下ろうという目論見はもろくも崩れたのであった、
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 今回の土嚢ダムのすぐ下を、間伐のときの作業道が横切っている。


 登山道に対して丸太や枝葉で塞いであるのは、立ち入り禁止だという意思表示かもしれない。

 しかし間伐作業の現場監督に、村山古道への雨水の流入を防ごうという善意が微塵でもあったとしたら、お笑いである。
 まったく役に立たない。数年と経たないうちに、ゴミ山の下にくっきりと溝ができるだろう。
  ここをこのまま放置すれば、路面の浸食が地下の熔岩層にまで進むこともありうる。すなわち村山古道のすぐ東を流れる日沢(にっさわ)の河床のレベルまで抉り取られることになり、川底が登山道になる。
 ただし運が良ければ、間伐跡の裸地に日光が当たり、地中に眠っている草木の種が目を覚ましてくれるかもしれない。草や灌木が密生してくれば、地表水の流れをコントロールしてくれるだろう。
 しかし時間稼ぎをして自然の回復力の手助けをするのも、無意味ではあるまい。

 日を改めてのことになるが、土嚢ダムを、1〜2か所といわず3〜4か所でも造って、土砂の流出を防ぐことにしよう。埋まれば補修する。
 登山道を維持するというのはそういうことである。

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