村山古道補修3  強風と高温の置きみやげ

 7月7日4時起床、小雨。

 気象庁のレーダー・ナウキャスト画像を見ると、東海地方全域に小さな雨雲の固まりが散らばっていて、これじゃ降るのか降らないのか分からないが、きょうは全天候行動可能な私1人だから問題はない。

 ともかく前回の反省から、気になるところもできるだけ見ないようにして、村山まで下ろうと決意して富士宮に向かった。
 9時00分富士宮駅前発のバス、新富士駅から乗ってきた先客は欧米系の外国人8人。9時53分西臼塚駐車場着。下車したのはもちろん私1人、手を振って外人さんたちを見送る。

 富士山頂は見えないが雨の気配はない。富士山南限のフジアザミが1株、今年も元気よく育ってきた。


 大淵林道に入るとキジョランの葉に虫食い穴2つ、アサギマダラが1頭。待て待てと声をかけたが聞く耳は持たぬ、カメラのスイッチを入れる前にどこかへ飛び立った。
 村山古道はこの辺り平坦な凹みなので、雨水で路面が削られるということも少ない。


 しかし1キロ近く下ると水量も増えてくるので浸食は進む。古い作業道が右から合流するところに麻の土嚢を8俵積んだ。


 日が差してきて汗びっしょり。ほんとうは左下に窪地があるので、そこまで水路を掘ろうとしたのであるが、決意を思い出して途中で切り上げた。
 馬頭観世音に近づくと通路が2筋あることに気づく人も多いだろう。私の推定では、左(東側)の低い凹みが本来の登山道で、右(西側)の高台を通っているは丸太搬送用の木馬道(きうまみち)跡であろう。

 村山古道再発見当時は下の道を歩いていたが、倒木が通路を塞いだり、雨水が流れて浮き石が増えてきて、みんな高台を歩くようになった。元登山道はいまやとても歩けるものではない。
  その凹み道の雨水に、さらに左(東)から雨水が合流する場所がある。
 集まった水流の威力をご覧に入れよう。


 6月30日に襲った豪雨の生々しい傷痕であろうか、流木が水流を妨げると岸を抉り取る。


 立木が倒れ込んで通行の邪魔になる。


 先ほどの土嚢を積んだ辺りに比べて、浮き石が少なく歩きやすいのが救いではあるが、次の豪雨で何が起こるか、登山道がどのように変遷していくか、想像すらできない。
  吉原林道から下は比較的平坦地であるため、簡単な水切りですんでいるが、天照教林道に近づくにつれて路面が荒れている。左右に雨水の逃がし場所がないので、麻土嚢で頑丈なダムを造るほかないかもしれない。
 6月16日におこなった天照教から北井久保林道の間の水切りはしっかり機能していた。
 天照教のすぐ下の水切りの水路には、左下のほうに新しい傾斜が刻まれていた。


 北井久保林道すぐ上のブル道跡も、決壊堤防はびくともしておらず、水路もしっかり機能していた。


 問題はその中間の曲がりくねった急坂部分の風倒木。


 6月30日の前線通過時の吹き降りで発生したものだろうか。この蔓はちょいちょいと切れば難なく通過できるが、すぐ下の倒木群はちょっと手強い。


 この写真は臨時に造られていた迂回路の上から登山道を覗いたものである。お友達同士仲良く倒れて複雑な構造をしている。これはまず、左に向いて倒れている3本の枝をぜんぶ切り落として、そのあとで幹を切り刻むほかないだろう。
 チェンソーがあれば簡単だが、手引き鋸で処理するとなると息が切れそうだ。決意に従って見ぬふりをして通り抜ける。
 標高850メートル、札打場まで下がってくるとガクアジサイの繁茂がすごいことになっている。両側から頭上に覆い被さっているばかりでなく、足許に生えてきた1〜2年生の幼樹がやっかいだ。ごつごつした熔岩流の足場が見えない。位置が低いから鉈・鎌で切るわけにはいかず、1本ずつ引き抜くほかない。


 この写真はかつての登山道が洪水時に激流の流路になり、スコリアのぼろぼろの崖になった場所である。アジサイの葉の部分まで踏み込むと、ガラガラ落石の音がする。体重をかければ踏み抜いて崩れ落ちてしまうだろう。
 ここではまず、繁茂したガクアジサイを切り取って崖下が見えるようにしておいて、「↓ぼろ↓ぼろの オーバーハング」と書いた札を提げる。


  村山古道再発見当初、全盲の人がここを下りて、いまは暗くて見えない左手の滝を登って通過していったとは、信じられないような話である。
  腕がくたびれてきた。いちいち丁寧にガクアジサイを払うことはできない。ここから下は、顔にぶつかる枝葉だけを重点的に切り倒しながら下る。そのかわり以前は、雨水に洗われて荒れていた足許は、ひじょうに安定してきた。
 送電線の下を潜ると、もう村山も近い。と安心するのはまだ早かったようだ。
 登山道を横切っている砂利敷きの作業道の先が草茫々で人が歩いた痕跡がない。


 きょうは登山客3人と行き違ったが、彼らはどこを通ったのだ。
  初めは膝下までの草が、しだいに胸の高さまでになり、左の山から岩が崩れ落ちて足場がガタガタの急坂にかかると背丈を超える草で何も見えなくなる。
 幸い登山靴ではなく地下足袋である。何も見えなくとも、足探りで段差を確かめながら下ることができる。
 草払いは足場のとくに悪いところだけ、台湾剥げ状に刈り取り、最後の平坦地ではススキだけ切り捨てる。

 やわな草は左手で逃げないよう束ねておかないと切れない。アジサイなど年輪のある木は、刃に重みがある鉈でないと切り倒せない。その点ススキは、手を添えないで根元に鎌を当てて引くだけで切り倒せる。ザクッザクッ。
 午後4時10分、ようやく六辻の林道に出ることができた。


 登山道は左の砂利道ではなく、ススキの向こうを左に回り込んで、ヒノキの並木の向こうを通っているなどと、慣れない登山者には想像もできないだろう。
 4月29日には無意識に通り抜けた草道が、2か月後には通過困難なジャングルになっていたのである。

 村山古道が初めて山道に差し掛かる入り口が、これじゃまずい。早急に手を打たなくてはなるまい。

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