村山古道補修4 草刈りと倒木の切り刻み

 梅雨の時季、オホーツク高気圧から右回りに吹き出す冷たい海風をヤマセという。

 福島県飯舘村の人は、ヤマセと聞くと冷害や飢饉を思い出して身震いする感じがある。

 30年ほどまえに藤沢市の地名調査を手伝ったときの印象では、ヤマセを実体験として感じている農家の人は半々だった。

 富士山に出向くようになって20年になるが、駿河の人にはヤマセを恐れるという感覚はないようだ。
 しかし朝起きて気象庁のレーダー・ナウキャスト画像を見るとまさにヤマセ。千葉県南部から富士山までの広域は、海から吹き付ける東の風で発生した雨雲に覆われている。

 とはいえ、きょうの相棒は全天候型も年季の入った土屋四郎氏。ためらう理由はどこにもないので予定通り6:00出発。
 東名高速を、丹沢山塊を正面に見ていると雲底が上がっているようでにも見えたが、御殿場市街地ではワイパーが必要になった。十里木を越えて富士山南麓線(国道469号)に入ると雨は上がり、村山に着くと路面は濡れていない。刈り払い機を借りて8時40分、六辻に着く。
 前回お伝えしたように、7月7日は村山古道を下ってきて、送電線を潜って間もなく、ことしは誰一人通過していないじゃないかという草むらにぶつかった。


 草を押し分けて登山道の終点から振り返ると、どこが村山古道の入り口かすら分からないほどの草茫々だった。


 今回、7月16日現場に着くと、入り口から50メートルほどは草刈りがしてあるが、傾斜がつく所から放置。誰が何のために草刈りしたのだろう。
 ともあれ今回は、土屋氏が入り口から刈り残しを処理しながら刈り込みに入る。


 さっきまで雨が降っていたのだろうか、地面も草もびしょ濡れである。私は露岩部分に先行して、岩の隙間のアジサイを抜いたり、シダ類や細い草を手鎌で刈り取ったりして小1時間。
 露岩部分はこの通り。


 草の葉が乱雑に散らばっているが、いったん日が差せばしおれて地面が見えてくる。
 そして村山古道入り口部分はこの通り。


 みなさんどうぞ、お通りください。
 それにしても刈り払い機の威力はすごい。手鎌でしこしこやっていたら、何度も鎌研ぎ時間が入って昼飯食ってということになるが、身体の負荷もも少なく、あっと言う間に終わった。
 あとは燃料も残っているし行きがけの駄賃である。砂利道の下から送電線の上まで下草刈りと頭上に被さる灌木を伐採、ずいぶん明るくなった。
 六道坂並びの旧登山道の上部出口、蔓草の絡まる斜面も草刈りしておく。


 これはおまけのようなものだ。
 雨のこないうちにと、村山案内所前のベンチで昼食。食後はクルマで天照教まで上がる。ここ標高1000メートルの地ではハナミズキの花終わり、オカトラノオの大群落が咲きはじめている。


 ここからは、鋸だけもって下り、午後1時20分に現場到着。


 こんな蔓の絡みは大したことではない。生の蔓は鋸を当てるとなんの抵抗もなく、豆腐を切るようなものである。このばあいは両側の2か所、つまり6本の蔓を切ればいいのであっという間に終わる。
 主役は10年物のヒノキ4本。


 ふつうはそれぞれ中程を切り離せば、丸太がドサリドサリと落ちておしまいなのだが、今回はそうはいかない。


 直径5センチ超のフジに絡みつかれて倒れ、ヒノキの枝がサンショウなどの灌木を抱き込んでいるので押しても引いても、ふにゃふにゃ動くけれど外れない。まずはヒノキの枝を1本ずつ切り落として、絡んでいる蔓も切り落として、さらに巻き添えになった灌木を引き離して行くほかない。


 雨こそ降っていないが樹皮も葉っぱもびしょ濡れ。なぜか粘土のような泥が手のひらにくっついていて、鋸をひく手がぬるぬると滑る。ともかくも刻んだ枝は1本ずつ斜面の上の方に立てかけ、さらに次の枝を切り落として絡んでいる蔓を切り離しという作業の繰り返しになる。                       
 ついに地面が見えてくる。
 最後に、むき出しになって中空に横たわっている10メートルの丸太を鋸で真っ二つに切断するのだが、息が切れるので途中で交代。ようやくドサッ、「終わった!」。


 切断する場所は、引っかかり具合を計算して、自重で落ちてくれる場所を選ぶのだが、この目測を誤ると、丸太が落ちてくれない。そのときには反対側をもう1回切り離さなくてはならない。チェンソーなら2回目も3回でもいいが、手引き鋸では一発で決めなくてはならない。
 やれやれ終わった。村山古道だから、ちったあワイルドさも残しておかなくてはいけないな、ということにして本日の作業は終了。
 意気揚々と凱旋喇叭ならぬ法螺貝を吹きながら引き揚げる。土屋氏の法螺の音もずいぶん上達してきたと私の耳には聞こえるのだが、ご本人には最後の高音部が気にくわないらしい。ともあれクマさんは絶対に近づいてはこない。
 3時前に天照教を出発。東名はまだ込んでおらず5時前に帰宅。
 気がつくと、ズボンだけでなくシャツもチョッキも泥だらけ。これで電車に乗ったら白眼視されただろうなと思いながらまず外側を洗濯機に放り込んで水洗い、そのあとでやっと本洗い。
 地下足袋はとりあえずバケツに水を張って放り込んでおいて翌朝、どろどろの水で地下足袋が見えないほどであった。

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