村山古道補修 補足 硬い地面ほど浸食される?

 前回の《村山古道補修5 浸食ますます広がる》の終わりのほうに、次のように書いた。
「これで一応今年の、夏山シーズンに向けての応急補修は終わりである。」
 意味するところは、これからオフシーズンを含めて、息長く補修作業を続けなくてはならないな、という長期の予感であった。
 ところが8月3日、新六合目の宝永山荘に行く用件ができたので、ついでに村山古道を下ってみた。梅雨明けのあと初の土曜日ということもあって、かなりの賑わいである。登山道脇にはクルマユリ、グンナイフウロ、ベニバナイチヤクソウなど原色の花も目立ってきた。


 初めのうち登山道にはなんの問題もなかった。高度が下がるに従ってモミの若い葉が足許が見えないほど茂ってくるので、鎌先でチョイチョイと葉先を刎ねながら下っていく。

 新しい倒木はない。2人、1人、2人、4人と小集団の登山者が登ってくる。
 横渡も、皆さん新しいルートを踏み固めて登ってくれているようで、足場が固まってきた。だが3か月前とはちょっと違う、どこが違うのだろう。
 次の写真は5月12日撮影のものである。


 さらに次の写真は8月3日の撮影である。


 いちばん目立つ違いは、根本を洗われて倒れた右岸のカラマツであろう。枯れたのではなく、生きていて新緑を着けている。
 次に気になるのは横たわっている丸太である。5月には岸の上に横たわっていたのに、8月には片方が川底に落ちて立ち上がっている。
 注目すべきは、川底に初めから横たわっている短い丸太である。

 この3か月間、動いた形跡はない。

 つまり河床に水は流れていないはずなのに、落ちた丸太がもともとあった場所を見てほしい。
 同じ雨が降っても、河床では流れないで地面に吸い込まれ、川岸では水流が地面を抉って丸太を押し流してしまった、と推測できる。
 さてこの横渡から5分も下ったところで、樹林帯の中にある登山道が日沢の左岸に飛び出すところがある。


 この写真の中央部が日沢で、向かって右側を斜めに下っているのが登山道である。
 しっかり踏み固められているように見えるであろう。

 ところがそのすぐ下の登山道の中央にはV字渓谷が刻まれていたのである。


 3か月まえどころか、7月20日にここを通過したときには真っ平らで、このような溝が掘り込まれるとは思いもよらぬことであった。
 固められた登山道の表面で水流となり、太くなった水の流れが路面を掘り下げたのではないか。何回も降った雨ではなく、おそらく1回の驟雨であろう。
 だとすれば、次にもう1回夕立でも来れば、V字溝の左に残っている川岸部分が崩壊して、ここは通行不能になってしまう可能性がある。
 わたしの見積もりでは、日沢の河床から登山道の高さまで、V字溝のなかに土嚢をびっしり積み上げていけば、いまならまだこれ以上の掘り下げを食い止めることができるのではないか。

 必要な土嚢は10俵以上。

 

 このあとこの日はお花畑を下りながら2か所水切りを新しく造り、最後の仕事が笹垢離の防御。
 前回造った水切りは、笹垢離跡から流れ出る雨水が下の登山道を流れて路面を荒らすので、その水量を減らす目的であった。笹垢離に流れこむ雨水を防ぐことはできない。
 困ったことはこの一帯、大小の瓦礫が堆積しているので土砂がほとんどない。
 前回は小型のスコップしかなかったので、地面に刃が立たない。

 コチョコチョとスコップの刃先を瓦礫の間に押し込んでいっても、縦横に地下を走っている木の根にぶつかるとスコップは進まなくなる。
 今回は鶴嘴が威力を発揮する。
 前回の排水路は貧弱だったので、ガッシガッシと鶴嘴のピック、クチバシのほうを打ち込む。


 小石は逃げてくれるし、大きな石にがちっとぶち当たれば梃子の原理で浮き上がらせる。

 細い木の根は無抵抗に切れるし、太い根はプレートを打ち込めば一発でブツッ。
 昔取った杵柄ならぬ、さんざん練習したピッケル操作がこんなところで役に立つ。
 ここで集めたわずかの土砂を土嚢袋2つの底に分けて入れ、大部分は登山道に散らばっている小石でいっぱいにして、笹垢離から登る登山口のすぐ上に並べて置き、近くに落ちている熔岩の固まりを上に置いて、一種のダムを造る。


 登山道を塞ぐ形にはなるが、この部分の登山道は凹んだところを通っているので、これ以外には雨水の流入を防ぐ方法はないのである。
 登山者のみなさんには迂回して登ってほしい。

 

 村山古道のヒヨドリバナはまだ蕾の状態で、蝶は飛んでいなかった。
 スカイライン縦道の旧料金所近くまで下った道端にはキジョランの大群落があって花を着けており、アサギマダラの死骸が1つ落ちていた。

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