ホームページで昔の論文を披露

 顔色悪くマスクで隠し、人目に立たぬようにこそこそと歩くのがまっとうで、マスクなしで白昼堂々、闊歩していると石が飛んできそうなご時世になりました。みなさんどのように精神の平衡を保っておられますか。
 外出禁止令・他県移動禁止令のなかで息を潜めている間にふと、思いつきました。このホームページに私の論文やデータベースを載せて、皆さんに暇潰しのネタを提供できないだろうかと。
 さっそくまず、このホームページを開いて第1ページ目、パソコンでは次のような画面になります。

 画面を横切っている緑色のメニューバーに「畠堀操八のページ」があって、その右の▼にカーソルを当てると、下にベローン、「畠堀操八のブログ」「論文」「データベース」が現れます。
  いままさに「畠堀操八のブログ」をクリックしてこの画面を見ておられるわけですが、もとにもどせば自由に「論文」「データベース」に行くことができます。
 スマホではつぎのような画面になります。原因は分かりませんが、パソコンでもこの画面になることがあります。

 このばあい、画面右上に緑の■、「三」という文字のようなものが白抜きになっています。ここにカーソルを当てると、ベローン。
 こんどは画面いっぱいに「ホーム」「山樂カレッジについて」「畠堀操八のページ」「富士山峯入り修行」「本・地図販売」「お問い合わせ」とで出てきます。

 そこで、「畠堀操八のページ」をタッチ、右端の◆をタッチすると1字下げで「畠堀操八のブログ」「論文」「データベース」が表示されますので、ここからお望みのところにいってください。

 さて問題は中身ですが、まだ非常に貧弱です。
 論文は、古いものが1本収録してあるだけです。
 富士学会の論文集『富士学研究』(Vol.7,  No.2, 2010)に掲載された「明治35年京都探遊会の富士登山、100年後の足跡を辿る」といいます。
 ただいま1本、短い論考をまとめておりまして、うまくいけば近日中にお目にかけることができるかもしれません。
  データベースの箱は空っぽです。
  富士宮市を中心に配布されている『岳南朝日』新聞があります。1953年=昭和28年創刊のタウン紙で、1955年から飛び飛びに始まって、最近は全号そろって富士宮市立図書館に蔵架されており、延々とめくってわが家は大山積みの紙。
   当初は村山古道関係記事に限って見出しを拾っていたのですが、富士登山全体に興味が移り、岳南地方に通ううちに地元の風習・民俗にも関心が広がっていきました。
 最近は記事内容を精査し、関連事項をあちこち調べていき、脱線からさらに複合脱線することも多くなっています。
  でもなんとか秋までには 「昭和編」のお披露目に持っていきたいと思っています。

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