乱丁 その2 『中道往還』

 「なかみちおうかん」と言ってもどこのことだか分からない人が多いであろう。
 そこでいきなり脇道にはいって道草を食べていただくことになる。
 山梨県は河口湖湖畔の勝山にある冨士御室浅間神社本宮は、富士山最古の社といわれる。もともとは吉田口登山道二合目にあったものを昭和49年=1974年に現在地に遷したものである。

 『冨士山眞景之圖』(英湖斎泰朝、弘化4=1847年)にはその当時の二合目の絵図が載っている。

 中央に小室仙元堂があって、右端に行者堂がある。

 この絵の描かれた30年ほど前の資料には次のように書かれている。
 《役ノ行者堂ハ浅間社ノ西ニアリ本尊ハ役ノ行者八代郡右左口(うばくち)村ノ七覚山円楽寺兼帯ス……毎歳六七月円楽寺ヨリ僧侶来リテ修法アリ》(『甲斐国志』文化11=1814年成立)
 よし、円楽寺から吉田口二合目・行者堂までのルートを探ってみよう。山梨県のNPO富士山ふるさと研究会の面々と、夢のような話がまとまったは6年前。それからの試行錯誤については、2019年12月19日にアップしたブログ《思いもよらぬ歴史的発見》に触れてある。
 その出発点が中道往還、今日でいう甲府市の南端・右左口町である。
 《甲州より駿州への通路三條あり、その中間なる故に中道といふ。》(『東八代郡誌』大正3=1914年)
 まずは基礎文献として『中道往還』(山梨県歴史の道調査報告第3集、山梨県教育委員会文化課編、山梨県教育委員会発行、昭和59年)を読む。しかしこの報告書は途中から、どうにも文章が繋がらないところが出てくる。
 ノンブル(ページ)を見るとちゃんと並んでいる。
 しかし、36ページの末尾から37ページ冒頭に文章がうまく繋がらない。
 37ページの末尾から38ページ冒頭にも繋がらない。
 38ページの末尾から39ページの冒頭には繋がっているようだ。
 39ページの末尾から40ページの冒頭も繋がっているようだ。
 40ページの末尾から41ページの冒頭には繋がらない。
 抜き出してみると次のようになる。
 

 この乱れているのは巻末の注の部分だから文章の流れが悪くて分かりにくい。注の番号の助けを借りて並べなおしてみよう。
      

 36ページはそのままで、
 38ページを37ページにする。
 39ページを38ページにする。
 40ページを39ページにする。
 そして37ページを40ページにする。
 すると、40ページから41ページはスムーズに繋がる。
 これでめでたく繋がった。
 ではなぜこのような混乱が起きるのであろうか。

コメント

力のこもった図解説有難うございます。
実際に紙を折って、ノンブルを振って確認しました。間違いの原因も判ったように思いますが、次回を楽しみにいたします。

  • ムラヤマフジコちゃん
  • 2020/07/15 14:38