村山古道補修 20年その3 藪払い出撃

 一昨日7月31日の朝はすっかり出掛ける準備をして断念したのであるが、昨8月1日は、気象庁狼少年村の煮え切らないご託宣を押し切って出撃した。
 といってもじつは家を出たときは予報通り小雨が降っていた。

 電車の窓から丹沢の山は雨雲に隠れてまったく見えない。根府川駅からは東の果て、水平線が見えるのだが、厚い雲に遮られて太陽の位置は分からない。
 しかし丹那トンネルを抜けると青空が広がり、強い日光が窓から差し込んできた。富士山は積雲に囲まれている。

 駅々でドアが開くとクマゼミの声が聞こえてくるのだが、富士駅で乗り換えるとき、シャワシャワシャワシャワ、びっくりするほど騒がしい。
 村山に着くと、ヤマユリの残り花が出迎えてくれた。

 前回(7月6日)に草刈りをした登山口では踏み跡がしっかりついていて、地面が見える。少なからぬ登山者がここを通過していることがうかがえる。ギィギィギィギィギィと鳴いているのはハルゼミだろうか。

 
 しかし東電の送電線を通り過ぎ、古い作業道を横切って溝状の村山古道に踏み込むと、ちょっと様子が違う。前夜の強雨で足許が洗われていることは分かるが、取り立てて路面が傷んでいるわけではない。何となく歩きにくい。
 理由はすぐ分かった。道の両側に生えているアジサイが育ちすぎて、道に被さっているために路面が見づらいのである。
 さっそく鎌の登場である。刃渡りは13センチとやや小振りだが、柄の長さが43センチもあって切り込むときにスピードが出る。

 左が使用前、右が使用後の写真である。
 アジサイの葉が顔にぶつかる、あるいは目線が地面に届かないというときに、遠くからすぱっと切り落とす。足許の低い位置に葉を広げて、その下の浮き石を隠しているというばあいには、横に払うか、ときにはしゃがんで枝先を束ねて切り捨てる。
 そのうち、石が何段かに重なってカーブする場所に差しかかった。

 これは上から振り返って見た写真である。登山者は右下から登ってきて手前に通り抜ける。
 右手前のブッシュが曲者で、直径2センチ超の幹が5〜6本束になっているので鎌は通用しない。鋸の出番である。

 向こう正面の立木は直径2〜3センチ。
 アジサイを樹木に分類すべきか、草本のとみなすかむずかしいところだが、こちらは初めから鉈と鋸を使う。
 もちろん左が使用前、右が使用後。これだけの作業に30分かかっている。
 なおもちょこちょこ掃除しながら登っていくと、その先が札打場跡というところでアジサイ・ジャングルにぶつかった。

 ここはちょうどこの上の間伐現場から雨水が流れこんで沢のようになっており、足許がギタギタの熔岩塊が剥き出しになった場所である。丸い蕾があるからタマアジサイらしい。
 この写真も左が使用前、右が使用後。そして本日は突然、ここで作業は中止。
 筋肉疲労のため、右腕が動かなくなったのである。
 かえりは登山道ではなく、ぶらぶら林道下り。
 標高が下がるとタマアジサイが咲いていた。どこにあのように強烈な生命力があるのだろう。

 村山に近づくと、ウバユリの大群落があった。

 カナカナカナカナカナ、カナカナカナカナカナカナ、ヒグラシの大合唱付きである。

 帰宅して新聞を見ると、《気象庁は1日、関東甲信と東海地方が梅雨明けしたとみられると発表した。》(『朝日新聞』2020年8月1日付夕刊)。

コメント

毎度の村山古道の手入れ、お疲れ様です。
仕様前と使用後の写真を並べて頂き、一目瞭然、有難うございます。
樹々の生命力は大変なものがありますね、これだけのエネルギーを使って枝の整理をしても、人が通らなければ直ぐに元のように生い茂ってしまうのでしょう。
村山のヤマユリ、ウバユリ楽しみですね。
アジサイも製枝の労力を考えず、写真を見ているだけなら癒されます。

  • ムラヤマフジコちゃん
  • 2020/08/04 10:14