村山古道補修 20年その7 土砂に埋まる遺跡と熔岩流

 中宮八幡堂跡から日沢(にっさわ)を渡ると、不動沢熔岩流の高台にさしかかる。
 スコリア(火山灰)に草や木は生えるが、熔岩の上には根付くための土がない。その代わり標高1300メートルのこの辺りは、駿河湾から昇ってきた気流が結露して、岩の上に苔が発達する。
 女人堂跡も不毛の砂礫地だが、雨が続いたことしは苔の絨毯になった。

 こうなると、気軽に踏みこんで休憩したり記念撮影したりはできなくなりそうだ。
 そして、スカイライン横道まであと100メートル、木の間に疾走するクルマが見えるところに、「西河原 六観音」跡といわれる遺跡があることは《村山古道巡視 20年その3》(5月23日)で触れておいた。
 すでに3年前に、この遺跡に土砂が流れこむ恐れがあったので土嚢を積んで防ごうとしたのだが、その効果が失われているらしいことも書いておいた。

 これはことし5月15日の写真。左上から流れてきた泥水が二俣に分かれ、一方は敷石の間から左隅の窪みに流れ込みはじめている。トイレ跡だろうと言われている部分である。
  8月13日にきてみるとどうだ。

 黄土色の土砂に代わって黒い土砂が押し出して敷石の外側を埋めて、内側の窪みを埋めている。おまけに敷石の向こう側を堂々と黒い川が流れ抜けているようだ。
 次の写真は3年前、2017年7月の「西河原 六観音」跡のものである。土砂の流入は始まったばかりで、その気になって見ないと気づかない人が多いだろう。

 次の写真はこのときの土嚢積みである。黒い土嚢袋の上に枯れ枝が置いてあるのは、その5メートル先を通っている村山古道から見えないようにというカモフラージュのつもりである。

 それが3年後の今どうなっているのか。
 
 土嚢はしっかり働いているのだが、想像を絶するほどの分量の黒い土砂が流れこんだようだ。

 黒い土砂は遺跡だけでなく、この苔蒸した不動沢熔岩流ぜんたいを台なしにしてしまうかもしれない。

 

 この黒い土砂がどこから流れこんでいるのか、供給源はすでに《村山古道巡視 20年その3》で指摘したようにはっきりしている。このすぐ上を走る富士山スカイライン横道からである。スカイラインの路肩に何の損傷もみられないから、山側のL型側溝のグレーチングから流れこんだものである。

  ここから流れこむ土砂を止めるのか。

 遺跡を永久の眠りに戻るに任せるのか。
 苔蒸した熔岩流のうえにたまった土砂を丁寧に掻きだすのか、植物遷移の成り行きとみなすのか。
 いまのわれわれには、名案も実行力もない。

コメント

初めて村山古道を登ったのは2008年でした。江戸時代からの登山道が残されていると思っていましたが、この数年の変化は著しいですね。
今年も何回も補修に出かけられてお疲れ様です。
女人堂跡では女性の登山者だけで写真を撮ることを常としていましたが、これだけ見事なコケの絨毯になってしまうと、踏み込んで傷めてしまう訳には参りませんね。緑の絨毯を見るだけで楽しませていただきます。

  • ムラヤマフジコちゃん
  • 2020/08/22 19:11