村山古道補修 20年その8 襲いかかる豪雨

 8月22日4:00、新聞を取りに出てみると、大きな星がいくつか輝いて見える。夏至から2カ月も経つと日の出時刻が40分も遅くなっているのだ。しかし、きょうもくそ暑い夏空が続きそうだ。
  御殿場駅富士山口ロータリー、“御殿場のうんこ”も乾いた青空に浮かんでいる。

 滝ケ原に差しかかると、正面に見えるはずの富士山は湧き上がる雲のなかに隠されてしまった。

 それでも9:00に富士山スカイライン旧料金所を歩きはじめたときにはまだジリジリと強い日差しが照りつけていた。9:15雲が広がって陰ってきたので、やや安堵の思いがあった。
 スカイライン縦道の道路標識「10・8Km」、標高1600メートル地点に着いたのは9:35、旧料金所から35分で来た。
  これまでのように、スカイライン横道の「7・8Km」、標高1350メートル地点から村山古道を登ってくると60分かかるから、けっこう時間と体力の節約になる。
 路面の洗掘が進んだ村山古道を登りはじめて20分、自然休養林ハイキング道を横切る。間もなく数年前に造った水切りが草臥れていて、上端から越流が始まっていたので補修した。
 
 左の写真が補修前、右が補修後。
 水路を掘り下げて上端に土嚢を2俵、ぜんたいに枯れ枝を置いたのは、登山者に踏まれませんようにというおまじない。
 緩い坂道を登っていくと間もなく「大樅」跡にさしかかる。この一帯の雨水が登山道に流れこむ地形になっているので水切りを新設する。

 場所はまさに大樅の真横。地面下が瓦礫だと覚悟してツルハシを打ち込むと、この辺りは樹齢200年を越す樅の原生林。腐葉土の塊なので難なく日沢に向けて排水路を掘り、その土を土嚢3俵に詰めて水防ぎにしておしまい。
 上に置いてある大木は去年の秋以降、大樅に倒れ込んでいたモミの老木の一部である。
 ここから岩屋不動分岐までの急な坂は、雨のたびに瓦礫が剥き出しになってしまうやっかいな場所で、聖護院峯入り修行のさいは、草分俊顕先達から檄が飛び出すところである。

 サーンゲサンゲ、ロッコンショウジョウ、サーンゲサンゲ、ロッコンショウジョウ

 足場の悪い棒道で、棚状の地形に造った水切り以外はすぐに用をなさなくなってしまう。
 そこでとりあえずは、岩屋不動分岐のすぐ下、坂が急になる上の棚に、しっかりした水切りを造ろうというのが今回の眼目の一つであった。

 ここに造ろう。ここに横たえてある枯れ枝の線で流れてくる雨水を遮ろうというのである。
 ところがここも地面下は熔岩流か、瓦礫の固まりだろうという予想に反して、腐葉土だったのである。
 それでも40分近くかかって土嚢4俵を積んで、おまじないの丸太をどかどか、これでおしまい。
 
 まだ11:40、早いけれど昼食休憩にしよう、午後は笹垢離の上でもっと難工事がある。

 ところで、さっきから気になっていたのは雷鳴。
 はじめは東富士演習場の自衛隊の砲撃演習の爆発音だろうと思っていたのだが、どうも聞こえてくる方角が違うではないかとスマホで気象庁のレーダー・ナウキャスト画像を出して調べてみる。富士山をすっぽり覆う真っ赤な雨雲の固まりが北側から近づいているではないか。
 ひらひら飛んでいたアサギマダラは、すでに姿を消している。
 ともかく昼飯を、と食べはじめるとポツリポツリ。と思う間もなくいきなり本降りの雨。
 ばたばたと食器類を片づけてザックに放り込み、ザックカバー、雨具、即出発。カミナリの位置は、雷光から雷鳴まで3秒あるからまだ1キロはある。
 土砂降りのなか35分後にはスカイライン縦道1600メートル地点に下り立った、やれやれ。
 天はそれを見透かしたように雲が切れて日が差す。しかし、「登り返して午後の作業を再開しよう」と発議する者はいない。それが正解だった。
 13:30旧料金所をあとにした直後、フロントグラスに雨粒がボタボタ、いきなり土砂降りである。

 オーンモイオーンモイ、ンコラショーンコラショー、ワイパーも重そうに唸っている。
 次の写真は14:00現在のレーダー・ナウキャスト画像。矢印の位置が富士山である。

 しかし御殿場インターから東名高速に上がると、路面の濡れている個所はどこにもなかった。
 静岡県東部の天気予報では午後雷雨、神奈川県西部は終日晴れだった。狼少年村のご託宣でも、たまにはこういう総当たりということもある。

コメント

スカイラインが閉鎖されているから現場に向かうにも余分な体力と時間が必要となりますね。
お疲れ様でした。
アサギマダラは天候を察知した。どういう所に身を潜めるのでしょう。
これからも村山古道の補修をなさるのでしょう。どうぞ落雷にはお気をつけくださいませ。

  • ムラヤマフジコちゃん
  • 2020/08/29 00:10