富士山のまだら豪雨 その3

 すでにお知らせしたように、村山古道の今年の点検は5月4日と20日に行った。1回目は宝永遊歩道から1250メートル下り、2回目はスカイライン横道から350メートル下ったのだが、いずれも膝関節症の悪化を招いたので、3回目は村山から750メートル登ることにした。
 まずは六辻のすぐ上、右側から1トンほどの大岩がぶら下がっていて迂回路を通るようにしたのだが、15年6月にようやく自然落下。しかしこれではとても歩きにくい。


 昨年秋、村山の寺田さんがこの岩を砕いてくださったので迂回路標識も撤去した。 しかし足許は草茫々、両側のアジサイや蔓草は伸び放題。まずは1時間ほどかかって草刈り・藪掃除を済ませて、さらにここに流れ込む雨水量を少しでも減らそうと土嚢積み。あとはできるだけ多くの人に歩いてもらって草を踏みつけていただくほかはない。


 次に、北井久保林道のちょっと下、標高800メートル地点で、間伐材を搬出したトラックの轍が登山道の登り坂を横切っている場所がある。去年から気になっていたのだか、やはり春先の豪雨が登山道に大量に流れ込んで路面を抉り下げている。
ここでは轍を、1本刃の鍬で掘り下げて排水路にして、その下方に倒木を並べて土嚢11俵を積んだ。

 登山者の皆さんには土嚢を踏んで壊さないよう注意を払って欲しい。
 さらに札打場に上がる手前から路面が抉れていて、登山道を大量の雨水が流れたようである。案の定、札打場のすぐ上のこれまで階段状に固まっていた岩が緩んでいる。この上は数百メートルにわたって水平に近い凹んだ作業道が続き、左側の大斜面の雨水を一手に集めて流れ込む地形になっている。だからこの登山道の段差の上には土嚢10俵を3段に積んだ大型水切りを造って右側の大斜面に分散する仕掛けになっている。
 がしかし、土嚢の最上段はすべて破れ、何人にも踏み込まれて凹んだ個所からは越流した様が、一目瞭然である。このままでは段差部分がどんどん後退して、水切り自体が流されてしまうかも知れない。本日は土嚢袋の不足と体力消耗のため、ここの補修はできない。100メートルほど先にも予備の水切りのできる地形がある。いずれも日を改めて来るほかないだろう。
登山者の皆さん、とくにガイドの皆さんには重ねてお願いしたい。土嚢を踏まないでほしい、土嚢の上に乗らないでほしい。
  天照教に近づくと4輪駆動とバイクの傍若無人ぶりが酷くなる。古い作業道から入り込んで登山道を走り回って、路面の岩を掘り起こし、山肌を削り、水切りは踏みつぶしている。「注意!! 対戦車用地雷埋設」なんて警告を提げてもいいのだが、自衛隊の地雷処理班が本気になって出動してきても困るので、なすすべなしである。
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  村山古道沿い、いちばん奥の家は鯛津さん。ちょうど蕪の出荷準備で大忙しだった。水田一枚持たない畑作の専業農家だから、雨水や地下水路の動きにひときわ敏感である。

 春先の雨の降り方は酷かったが、総量は大したことはない。多い年は神社の石垣から水が染み出すこともある、ということだった。