新年はまず「道者道」の掃除から

 

《「道者道」とは、道者(富士登山者)が通っていた道である。昔の富士登山は「六根清浄」を願う修行であった。道者道は、先達(登山のリーダー)に導かれ山頂を目指した道者の姿を想い起させてくれる貴重な道である。》(富士宮市歩く博物館)
 という解説とともに、富士宮市教育委員会のブログには次の地図が載っている(部分)。

  

 

 場所は富士宮市村山・西見付跡のすぐ西側、西に直進する国道469号の下から粟倉観音堂のすぐ上まで。道幅が拡張されないままの旧い道者道が残っているとされ、まことに貴重な存在である。
 住宅地図を見るとよく分かる。

 左は昭和29年発行の『富士根村精細地図』。黄色は古い国道469号で、中央を斜めに横切っている赤線が道者道である。富士宮市教委ご推薦のオレンジ色の道は、農家の作業道であったことが分かる。
 右2010年の『ゼンリン住宅地図』ではすでに道者道表示は消滅しているが、図中「山辻の石畳」の所に細い破線がちょこっと書き込まれている。

 これが道者道の名残である。現在この地図の赤線部分は富士宮歩こう会で倒木など掃除して、時に歩く人もいるようである。しかし左下の赤い破線部分はほとんど誰も足を踏み入れることはない。
  2019年1月1日午前7時20分に村山ジャンボを出発したときには、富士山は半分雲のなかだった。
 林の中にはいり、7時48分、道者道のいちばん右上に着いた。
 路面はきれいだし藪も被さっていない。右の杉に「道者道」プレートを提げる。


  しかし5分後に道に傾斜がつくと様変わり。雨水で洗われてデコボコになった足場に杉の小枝が積もって地面が見えない。着地して体重を掛けないと足首がどちらを向くか分からない。

 落葉樹は秋にまとめて葉っぱだけを落とすが、多くの針葉樹は通年、小枝ごと古い葉っぱを落として新陳代謝をはかるし、なかなか腐らない。
 まもなく石畳になるが浮き石だらけで条件はもっと悪い。
 8時08分、直径15センチの倒木が行く手を塞ぐ。


 8分後、どうぞお通りください。


 8時24分、倒木の3本連続だ。


 いちばん手前は踏みつけて体重を掛ければおしまい、2本目は半ば腐っているので鋸を抜けば1分で片づいたが、3本目は大きな梢の房々枝がこんもり。まず小枝切りが30本ほど、両側に積みわけ、15センチの主幹に辿り着いて切り落として、さらに地面の小枝を処理する。


 22分後、なんとその陰に直径20センチの大物が隠れていた。これは根方も梢も両側の土手にしっかり乗っているいるので左右2カ所を切らないと道が開かない。チェンソー部隊に譲ろう。
 8時48分、半分腐った15センチの杉。


 1分後、はいどうぞ。

 9時00分、「山辻の石畳」。もともとここにあった「右富士山道」の石碑は村山浅間神社駐車場に引っ越している。

 ここから市教委ご推薦の道を1分下ったところが旧来の道者道であるが、踏み跡が付いていないので分かりにくい。

 右側の杉の植林の中に「道者道入り口」のプレートを提げる。


 ここから土道になって足場が楽になり倒木もすくなくなるが、それでも枯れて腐った孟宗竹は踏み砕き、15センチ級の倒木5本は鋸で切り落とし、9:20枯れ沢の左岸に出る。

 ここには向こう岸から見えるように「道者道」プレートを提げ、沢を渡って右岸にも向こうから見えるようにプレート。
 あとは足場もしっかりして倒木もなくなり、10時01分に山口鉄工所の前で国道469号に出る。

 ここにも最後の「道者道入り口」プレートを提げて、元旦のお掃除はおしまい。


 1キロ足らずの下りだから30分で通過だなと思って入ったのに、2時間以上かかってしまった。
 振り返ると、お山の周りの雲は跡形なく消えていた。


 本年もよろしくお願いします。